
『三国志のことわざ』
今回の諺(ことわざ)は、『鶏肋(けいろく)』です。
意味は、「鶏のあばら骨。大して役に立たないが捨てるに惜しいもの」(広辞苑)

《意味の補足》
「鶏肋(けいろく)」とは、鳥の肋骨のことです。
食べるにもたいして肉がついていないので腹の足しにはならないが、多少は肉がついているので捨てるには惜しい。
要するに、大して役に立たないのに、捨てるに捨てられないものの意となります。
《使用の注意》
この「鶏肋」という諺は、あまりいい意味で使用するものではありません。
人物評価としてこの諺をその人のいる前で使用することは、とても失礼なことなので、使用には注意が必要です。
《ことわざが生まれたエピソード》
劉備と曹操が漢中を巡って戦っているときのことです。
すでに陽平関を奪われ定軍山で夏侯淵が討たれてしまい、曹操軍が劣勢となっていたときのことです。
陣で食事を取る曹操に鶏料理が運ばれてきました。
曹操は、鶏肉の中に混じっているあばら骨を見て、ふとこう漏らします(独り言)。
「鶏肋は食べようとしても肉はない。しかし捨てるには味がある。進にも進めず、退くにも退けない今のわたしのようだ」と。
そこへ伝令役の兵士が今夜の合言葉を聞きにやってきました。
当時、合言葉は夜襲やスパイに備えて味方同士であることを確認し合うために随時変更していたのです。
その晩の曹操は、戦況の進退窮まったことに心ここにあらずの状態だったのです。
曹操は兵士が合言葉を聞きにきたのに、それに気持ちが向いていなくて、思わず独り言のように「鶏肋か…」とつぶやきました。
伝令役は、曹操が呟いた独り言を今夜の合言葉と勘違いしてしまったのです。
兵士は曹操が何気なくつぶやいた「鶏肋」という言葉を合言葉だと勘違いして番兵たちに伝えてしまったのです。
「鶏肋」という言葉は、番兵から番兵へと伝わり、やがて重臣である楊修の耳に入りました。
楊修という男は、文官で曹植を跡継ぎにしようと画策した人物でした。
名門の出自で優秀であったと言われています。
楊修は番兵から今宵の合言葉が「鶏肋」だと聞いて、曹操の考えを察します。
さらに察するだけに留まらず、兵たちに引き揚げの準備をするように指示をだします。
ところが、兵士たちが荷物をまとめ始めているということを知った曹操は驚きます。
誰が勝手な指示を出したのかと怒りを露わにします。
その指示を出したのは楊修だとわかると、曹操は揚修を問いただします。
すると楊修は白っとして、魏王さまのお言葉に従ったのだと言います。
それが今宵の合言葉である「鶏肋」だったのです。
即ち、肉を食べるにも肉はなく、捨てるには味があって惜しい、進むに進めず、退くに退けない魏王の心境を述べた言葉だと理解したというのです。
つまり、揚修は、いつまでもここに止まり無益な戦いをしても仕方がないと曹操が考えて、そういった意味を込めて合言葉を出したと思い、先手を打って帰り支度の命令を出したのです。
楊修とすれば、己の賢さを示し、曹操への気配りと考えてのことだったのです。
しかし、楊修の言葉を聞いた曹操は、腹の底から激しい怒りがこみ上げてくるのを感じたのです。
実は曹操は、日頃から出過ぎた態度を取る楊修の態度が目に余り以前から反感を持っていたからなのです。
確かに如何に曹操の心境を察したと言っても、魏王となった曹操から正式な指示が出ていないにも関わらず、撤退指示が軍中に行き渡ってしまうということは、魏王としての曹操の立場が無視されたことになります。
少し強い言い方をすれば、越権行為ということになります。
過去の経緯もあり、曹操は楊修を許すことが出来なくなりました。
楊修は首を斬られて、34歳の若さでこの世を去りました。
自らの才能が仇となってしまったのです。
曹操という男は、自分に歯向かうもの、自分の考えや意見と対立するものを許さない冷酷な性格をあわせ持っています。
たとえ才能あると見込んだ者でも、自分に従わないと思えば簡単に見捨ててしまう非常さを持った男なのです。
曹操は怒りに任せて楊修を斬ってしまいましたが、その後戦局を打開しようと劉備軍に挑みますが、孔明の知略を駆使した戦術の前に敗れます。
命の危険を感じて敗走するほどの惨敗をしてしまいます。
そのとき曹操の脳裏にはある男の言葉が浮かびました。
「いつまでもここに止まり、無益な戦いをしても仕方がないという魏王さまのお気持ちを察して荷物をまとめたのです」
そう、楊修の言葉です。
曹操は、あの時楊修が言った言葉をもっと真剣に受け止めておくべきだったと後悔したのです。
「鶏肋」という諺(故事)とは、こうした哀しい出来事から生まれたものだったのです。
伝令役の勘違い。
楊脩の知恵自慢。
曹操の傲慢さ。
これらが生み出した諺なのです。
『ことわざから学ぶ教訓』
「才ある者は、少し爪を隠すくらいがちょうどいい。」
「耳に痛い部下の発言と部下の悪い性格とを別次元で考える。」
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。