『三国志のことわざ』
今回の諺(ことわざ)は、『跋扈(ばっこ)』です。
英語では「Scarlet」です。
『ことわざの意味』
意味は、「勝手気ままにふるまうこと。のさばりはびこること」(広辞苑)
または、「我が物顔でふるまうこと」です。
《意味の補足》
「跋(ばつ)」は踏み越える、「扈(こ)」は竹籠のこと。
または、「跋(ばつ)」は、捕らわれた魚が籠の中から飛び越えること。
「扈(こ)」は、捕獲した魚を入れておく籠のこと。
ですから「跋扈(ばっこ)」で「魚が竹かごに収まり切らないで飛び跳ねる(跳ね回る)」の意味になります。
転じて、「我が物顔で振る舞う・のさばる・はびこる」という意味で使われるようになりました。
《「跋扈」の故事》
「跋扈」という言葉は、三国志の後漢王朝末期の政治家「梁冀(りょうき)」という人物に由来します。
時は三国志の英雄たちが活躍する少し前のこと。
魏の曹操の祖父曹騰(そうとう)は宦官として朝廷(皇帝)に仕えていました。
(宦官とは、男性器を去勢した男のこと)
彼(曹騰)がまだ少年宦官であったころのことです。
曹騰が側近として仕えていたのが後漢王朝八代目の順帝です。
順帝は11歳という幼い年齢で即位しました。
しかし、11歳では老練な臣下たちを使って政治をすることは出来ません。
そこで幼い皇帝に代わって(摂政役として)順帝の母親である梁氏(皇太后)が実質的に政治を行いました。
皇太后は女性ですから、どうしても男性の補佐役を必要とします。
梁氏(皇太后のこと)は皇帝の補佐と言う名目で兄の梁冀(りょうき)に権力の座を与えます。(注:中国では結婚しても女性の性は変わらない)
権力を手にした梁冀(りょうき)は、順帝が崩御した後、約20年もの間、皇帝に代わって朝廷(漢王朝)を好き勝手に支配しました。
その横暴振りは梁一族から皇后や大将軍、列候を無理やり登用させたり、都に届く皇帝への貢物(みつぎもの)を横取りしたり、極悪非道、横暴で身勝手な振る舞いをしまくりました。
その横暴で身勝手な振る舞いを見ていた順帝の後に即位した第九代皇帝質帝が梁冀(りょうき)をたしなめます。
第九代皇帝質帝も先帝とおなじ11歳で即位しましたが、質帝は幼いながらとても賢い人物だったのです。
好き勝手に権力を振るい、私欲を満たす梁冀(りょうき)に対して「跋扈将軍なり」と呼んで暗に梁冀(りょうき)を批判したのです。
つまり、「梁冀(りょうき)よ、あなたは好き勝手に権力を振るっているが、それは魚が竹かごに収まり切らないで飛び跳ねているようなものだ。いい加減にしなさい」と遠回しに叱ったのです。
叱ったと同時に皇帝の周囲の人間に「この状況が良くないことだ」と暗に知らせたのです。
実に聡明な皇帝です。
要するに、梁冀(りょうき)という人物が私欲を満たすために横暴な振る舞いをしたことに対して質帝が「跋扈将軍だ」と呼んだことが語源だということです。
(注:「跋扈将軍」という役職はありません。跋扈している悪い将軍だ、という意味で質帝は跋扈将軍という言葉を使ったのです)
《「跋扈」の四字熟語》
「跋扈」という言葉は、他の言葉と合わせて熟語として使われることがあります。
「跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)」
「跳梁」は、どちらも「跳ねる、飛びまわる」という意味を持っています。
ですから「跳梁跋扈」は、主体(人物)が大胆に幅を利かせているという意味になります。
「横行跋扈(おうこうばっこ)」
「横行」は、好ましくない行動が世の中ではびこる様子を指す言葉です。
ですから「横行跋扈」は、悪いことを企む人が好き勝手に行動する様子を表します。
「飛揚跋扈(ひようばっこ)」
「飛揚」は、猛禽類(もうきんるい)の鳥が高く飛び上がる様子を指しています。
ですから、「飛揚跋扈」は、制限がないと言わんばかりにルールを無視して粗暴に振舞う様子を意味します。
また、臣下にあたる人が権力をものにして君主の権威より勝ることも表します。
【今回の学び】
皇帝(トップ)が幼い。
皇帝に代わって母親(皇太后)が権力を握る。
それを支えるために母親(皇太后)の実家の一族などに権力を与えて補佐させる。
こういう図式が必ず出来上がります。
すると、権力が母親(皇太后)の一族に集中していきます。
皇帝の母親の一族が権力を握る政治体制が混乱を生むシステムでもあるのです。
中国の皇帝の座は初代皇帝劉邦の子孫だけが成れる地位です。
ですが、幼帝が即位した場合、皇帝の母親が代わりに政治を行い、実家の一族に補佐をさせることで皇帝の血筋でないものが大きな権力を持つことがあります。
これを外威政治と呼びます。
この政治体制はなにも中国だけに限りません。
朝鮮半島でも日本でも行われている政治体制です。
日本において代表的な外威政治を行った人物は藤原道長および藤原氏です。
または、鎌倉幕府において征夷大将軍の代わりに幕府政治を取り仕切った北条氏が代表的です。
外威政治は問題が多い政治システムです。
本来ならばその地位につけない者たちが大きな権力を持つことになるからです。
皇帝の血筋ではないですが、皇帝の名を借りて権力を行使できるのです。
つまり、後ろ盾は皇帝ですから「虎の威を借る狐」状態で好き勝手に権力を行使できるのです。
ただ、皇帝(トップ)の血筋ではなくても外威であっても私心なく善き政治をすれば世は乱れません。
外威だから無条件でダメだというのではないです。
事実、鎌倉幕府の北条氏は立派に政治を取り仕切りました。
ですが、歴史を見る限り外威政治こそ「世の乱れ」「民の苦しみの発生源」「国家転覆の原因」となっていることが多いのです。(特に中国では)
つまり、本来の血筋からすれば、どう努力してもなれないはずのものが、大きな権力を握ることになったことで、己の分を過ぎた欲望に心を奪われて暴虐な振る舞いをしてしまうのです。
実はこの外威政治によって後漢王朝は衰退への道へ傾いてしまい、世が乱れたのです。
(他にも要因はあります)
権力の乱用、私腹を肥やす、賄賂の横行、政争、間違った政治判断などが頻発して、とうとう“黄巾の乱“が起きたのです。
黄巾の乱はそもそも苦しみにあげく民を救うために張角が立ち上がったことが始まりです。
さらに正義を見失った黄巾の賊を倒すために各地の英雄たちが立ち上がって群雄割拠が起きていく。
その動乱の中から魏の曹操、劉備、孫権などが歴史の表舞台に立つことになった。
という歴史の流れになるのです。
「本来ならば与えられるはずのない権力の座に座る」
こうした事はなにも三国志や昔のことだけではありません。
現代社会でも日常的に起きていることです。
会社組織でも一族が地位を独占する。
(ただし、零細企業の場合は一族に権力が集中するほうが上手くいくことが多い)
その中には実力や才能がないにも関わらず大きな権力を持つ人物が現れてきます。
するとその組織は腐敗または衰退していくことになるのです。
要するに権力は実力相応に与えることが非常に大事であるということです。
それを間違えると会社組織でも国家でも衰退・滅亡へと進んでいくのです。
あなたの身の周りに「跋扈する人物」はいませんか?
【今回の教訓】
「権力や地位を与える場合は、血の濃さよりも才能(実力)によるべし!」
「実力、才能、努力に合わない地位や権力は、自身と組織を滅ぼす魔物である」
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。