『至誠、人を動かす(前編)』
前回は、軍師の力が勝利をもたらすという話をしました。
今回は、劉備が眠れる龍を呼び覚ました話をしてみたいと思います。
【劉備、大賢者を求める!】
司馬徽(水鏡)と徐庶の推薦を受けて劉備は天下の逸材と言われていた諸葛亮を訪ねることにします。
それは西暦207年のことです。
諸葛亮の住まいは現代でいうと襄陽市の古隆中と南陽市の臥龍崗(がりょうこう)の二つの場所のどちらかと言われていますが、『蜀記』の記述に隆中とあるため、こちらに諸葛亮の所在地があったとして話を進めます。
青竹が天高くまっすぐに伸びた竹林を劉備が義兄弟の関羽と張飛を引き連れて、諸葛亮のいる隆中をめざしていきます。
竹林で隠された空のすき間から、光が差し込んで幾筋もの光が劉備たちの足元を照らします。
そこは、下草を踏む音以外はない無音の世界。
一時、劉備は竹林の静寂に打たれることで、己の逸る(はやる)心を静めるのでした。
大賢者をこれから求め、己の運命を切り開こうとする劉備に義兄弟の張飛が話しかけます。
「学者というのは書物を読んで礼を学んだだけだ。信じてはいけない。連中は腐れ儒者と呼ばれている」
関羽も横から張飛の意見を後押しします。
「いかにも張飛の言う通りです」
張飛の妬みによる讒言を聞いて劉備は軽く叱ります。
「われらがこれから訪ねるのは大賢者だ。皮肉を言ってはならぬ」
通りがかりの行商人が歌を唄っています。
劉備が、「誰が作った唄か」と訊くと、商人は「臥龍先生です」と答えます。
劉備の心は抑えがたいほど、逸っていきました。
ようやく臥龍の住む隆中にたどり着いた劉備を若者(従者)が出迎えます。
劉備 「こちらは臥龍先生のお住まいでしょうか? 臥龍先生はいらっしゃいますか?」
若者 「どちら様ですか?」
官職から名乗る劉備に対して、長すぎて覚えられないと言います。
「ならば、新野の劉備が来たとお伝えください」
そう告げる劉備に、若者はいつものことだという素振りで「先生は旅に出ました」と告げます。
劉備は非常に残念な気持ちを押し殺して、「では、先生にお伝えください。また必ず訪ねますと」そう言って戻ることにします。
おさまらないのは張飛と関羽でした。
隆中を去る際に悪態をついて、劉備にまた注意されます。
帰路についた劉備の前方より人が近づいてきます。
劉備がもしや臥龍かと思って訊いてみると、相手は臥龍の友人の崔州平(さいしゅうへい)だと名乗ります。
劉備は、崔と名乗った人物と一服の茶を飲むことにします。
崔は劉備になぜ臥龍を訪ねるのかと質問します。
それに答えて劉備は、「民を救うため、この乱れた世を終わりにしたいのです。そのために乱世を治める方策をお聞きしたいのです」
真剣にそう言う劉備に対して崔は、「素晴らしい。まさに仁義の心。しかし、乱世と平和の世は繰り返すもの。乱世も必然。治世も必然なのです。いまの世は乱世なのです。人の手によってどうにかできるものではありません」と水を差すような言葉を投げかけます。
臥龍の友人と聞いて良き方策を聞けるかと期待した劉備は違和感を覚えたまま新野城に戻ります。
こうして一回目の訪問は臥龍に会えず空振りに終わります。
【二度目の訪問】
月日が流れいつの間にか季節は冬。
深々と大粒の雪が降る中、劉備はひとり臥龍のことを考えていました。
そこへ知らせが入ります。
臥龍の在宅を探るため使いを派遣していたのですが、臥龍が戻ったとの知らせをもたらしたのです。
雪が降る中、急いで出かけると言い張る劉備に、関羽が止めます。
「せめて雪が止んでからにしてはどうですか」
張飛も「わしは行かんぞ」と我儘を言います。
劉備は、「われら三兄弟が行かないでは礼儀に反する」と張飛をたしなめます。
雪景色を楽しみながら真っ白な世界を進む劉備一行の前に酒場が見えてきました。
そこで酒を飲みかわしながら唄を歌っている老人二人と出会います。
「どちらが臥龍先生ですか?」と劉備が訪ねると、またしても臥龍の友人と名乗ります。
劉備の心は臥龍のことしか考えられなくなっていたのです。
少しでも賢者の雰囲気があれば、もしやこの方が臥龍先生なのかと確かめずにはい居られなかったのです。
隆中についた劉備をまた若者(従者)が出迎えます。
劉備は挨拶もそこそこに早口で「臥龍先生はお戻りか」と訊ねます。
案内されて室内に入ると、詩を読んでいた年若い人物が劉備の存在に気付いて立ち上がります。
「ようやく会えました」
「新野の劉玄徳将軍ですね。わたしは孔明の弟の諸葛均と申します」と、その若者は名乗ります。
またしても臥龍には会えませんでした。
そこで劉備は、筆を借りて臥龍に自分が訪ねた理由と会いたい気持ちを書き綴って弟に託します。
二度も劉備がわざわざ山深くまで出向いてきたのに会えなかったことを、義兄弟の関羽と張飛は怒りをあらわにします。
腹を立てる関羽と張飛をなだめながら劉備は、逢えるまで何度でも訪ねるのだと、自らの固い決意を示すのでした。
人違いや行き違いを繰り返しても会えないことに落ち込む劉備を見ていられなくなった関羽は言います。
「諸葛亮は賢人かもしれませんが、そうでないかもしれません。賢人を装ったただのウツケかもしれませんぞ」と劉備の気持ちを逆なですることを言いだします。
劉備は、関羽に「諸葛亮は必ず国のためになる人物なのだ」と言い聞かせるのでした。
こうして雪が降る中、出向いた二度目の訪問も臥龍こと諸葛亮には出会えませんでした。
さぞやがっかりしたことでしょう。
この続きは、次回。
【今回の教訓】
「賢人を求めるのなら、とことん謙虚になれ」
「ビジネスにおいても、謙虚さが逸材を集める力となる」
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。