『三国志のことわざ『三顧の礼』』
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『三国志のことわざ』

今回の諺(ことわざ)は、『三顧の礼』です。
英語では「showing special confidence and courtesy」など。

《意味》

 意味は、「地位の高い人や目上の人が、人に仕事を引き受けてもらうために、何度も足を運び、礼を尽くして頼み込むこと」(大きい活字の故事・ことわざ辞典)

または「目上の人が礼を厚くして、人を仕事に引き受けてくれるように頼むこと。優秀な人材を迎えるときに取る手厚い礼儀」(広辞苑)

です。

《意味の補足》

本来「三顧の礼」という諺は、引退した儒者を宰相として迎え入れるときに行う最高の礼儀のことをいいました。
儒教という孔子が説いた教えでは「礼」ということを重んじています。
自分の心(気持ち)を表すために取るべき行動などが定まっています。
また儒教は「仁」「義」などが人には大事であると説いています。
つまり、「三顧の礼」とは、儒教の思想から流れ出た、当時の漢民族が共有していた中国文化だったのです。

なお、「三顧の礼」のエピソードはブログ本文の『至誠、人を動かす(前編・後編)』をお読みください。

《三顧の礼の考察》

 劉備が草深い隆中を訪れたのは、劉備47歳、孔明27歳のときでした。
つまり、20歳もの年齢差があったのです。
親子ほどの年の差、といってもいいほどの歳の差がありました。
しかも、劉備は約20年もの間、中国大陸を駆け巡り、戦いに明け暮れた歴戦の強者。
領土や地位はなくとも、各地の武将たちの中では人徳を備えた人物として有名な存在。
その劉備が、なんの実績も経験もない、一介の書生(学士)に対して最高の礼を尽くすというのだから、驚きです。

自動車も電車も無い時代に、徒歩や馬でわざわざ遠くまで三度も足を運ぶ。
しかも、義兄弟三人そろって
この義兄弟が三人そろってというのが、また憎いですね。
ただ、遠くからわざわざ出向いているだけでなく、一心同体である関羽と張飛を引き連れてくることが、臥龍(孔明)に対する礼の心となっているわけですから。
劉備としてみれば、自分がやれることは全部やるぞ、という気概がにじみ出ています。

ずいぶん後の話ですが、劉備亡きあと、諸葛亮が漢王室の再興という劉備の志を成し遂げるために、漢中から中原に出陣する際、皇帝劉禅(劉備の息子)に宛てた「出師の表」というものがあります。
その一節に「先帝(劉備)は臣(孔明のこと)を身分卑しきものとされずに、まげて自分のほうから訪問なさり、三たび臣のあばら屋を訪れ・・・」とあります。
この一節があることで、「正史三国志」の著者陳寿も、「三顧の礼」が実際にあった史実であると認定したようです。
この一文に孔明の劉備に対する尊敬と感謝の心が表れていると思います。

《現代にも通じる三顧の礼の意義》

その実績、経験のない若者に劉備は、劉備軍の軍権を預ける軍師とし、もっとも信頼したのです。
なかなか出来ることではないと思います。
こうしたことはなにも昔だけに当てはまることではないのです。
いまの企業活動でも人の集団(組織)があってライバルとの攻防があれば、こうしたことは無関係ではいられないのです。

現代においても有名で良く知られている「三顧の礼」という諺は、いまでも使用されています。
例えば、企業の人事(採用)でも、特に優秀な学生に眼をつけ、自社に就職してもらうために「三顧の礼を尽くすからぜひわが社に来てくれ」などと言って優秀な若者をヘッドハンティングする。またはそう言われて就職した経験を持つ方もいらっしゃるのではないでしょうか。
最高の礼を尽くしてもらうのですから、その採用を断るのは仁義に劣りますよね。
(もちろん事情がある場合もあります)
また、そうやって人材をスカウトするからには、その人は、ほぼ将来の幹部候補と考えてよいでしょう。

やはり、「企業は人」です

企業の行く末を決めるのは人材なのですから、他社よりも優れた人材を確保しようとするのは当然の結果でしょう。

《曹操と劉備の人材確保術の違い》

三国志の中でも、魏の曹操は人材確保にとても熱心でした。
その人材の豊富さが一早く中原に覇をとなえる力となったことは明白です。

ただ、問題はその人材の能力と人格です。

曹操は、人の才能、能力だけを求めて、多少の性格の悪さには目をつぶっていました。
しかし、仁義を重んじる劉備には、たとえ実力があろうとも卑怯な手を使う人材や礼儀を知らぬ人物では採用する気にならなかったでしょう。
いわゆる相性が悪いというやつです。

 曹操の人材確保は例えていうと、「曹操という強力な磁力を放つ磁石に引きつけられる」ように人材を集めます。
一方劉備の場合は、「水が低くいところに流れこむ」ように人材が寄ってきます。
二人の人材確保術は対照的です。

 劉備の生き方というか性格はものすごく謙虚さを持っています。
その謙虚さが誰に対しても威張ることなく接し、礼の心で対応する態度となって表れています。
劉備の生き方を見ていると、ある意味兵法に叶っています
もちろん皆さんがご存知のように、劉備には軍事的才能がありません。
しかし、孫子の兵法には、戦い方を水に例えることがよく出てきます。
それは、老荘思想の老子の思想でもあります。
(孫子の兵法は老子の思想の影響を受けている)

老子は言います。

「上善は水の如し」

つまり、最上の善というものは、水のようなものだと言っているのです。
なぜなら、水は丸い入れ物に入れると丸くなり、四角い入れ物に入れると四角くなる。
これは相手に合わせる柔軟性を示しています。
さらに、水は上から下に流れて大地を潤す
水は弱いように見えて、岩をも砕く力を秘めている
だから、水のような生き方が最善なのだ。
というわけです。

劉備の生き方を見ていると、この「上善は水の如し」を体現しているように見えます。
その謙虚さゆえに人材が集まるのです。
諸葛亮も「出師の表」で述べているように、劉備の謙虚さに心打たれた一人なのです。
「謙虚さ」というのも徳の一つであり、人材確保の才でもあります。
そして、そのことで個人であれば道が開けたり、組織であれば発展したりすることにつながるのです。

 いますよね!
お客さんには丁寧に接しても、取引業者には横柄な態度をする人が。
上司にはゴマをすったりご機嫌を取り繕ったりするくせに、部下にはパワハラまがいのような偉そうな態度を取り、同僚には自分のほうが上だと言わんばかりに上から目線でものを言う人物が。
あなたの隣にもこういう人物がいませんか?
そういう人は劉備の爪の垢でも煎じて飲んでもらわないといけませんね。

 誰でも劉備のように「三顧の礼」を行うことは難しいでしょう。
本当に心の底から謙虚さを身に付けるというのは、「言うは易く行うは難し」だからです。
しかし、少しでも劉備のように謙虚に人材を求めていれば、いつの日か優れた人物との出会いがあるかもしれません。

 劉備という三国志の英雄に「謙虚さ」を学ぶのはわたしだけではないでしょう。

『ことわざから学ぶ教訓』

「優れた人材を確保したければ、謙虚さと人材を求める熱意を持て」

 最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

 

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