『中原逐鹿編1 ~曹操の野望と劉備の理想~』
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『曹操の野望と劉備の理想』

今回から中原逐鹿編となります。

【曹操に強力なライバルが出現】

呂布を倒した曹操は、ついに念願の徐州を手に入れます。
しかし、天下を狙う曹操には気にかかることがありました。

中国大地からみると東北地方に大きな勢力を保ち、兵力などの規模は曹操を上回っている袁紹という人物が存在していることです。
さらに袁紹の従兄弟(?)であり、一時期皇帝を名乗った袁術が袁紹と合流しようと画策していたのです。
袁紹の勢力と袁術の残勢力が合わされば、いかに曹操といえども簡単には太刀打ち出来ません。
逆に、勢力に劣る曹操が打ち倒されるおそれがあります。

曹操が徐州を手に入れた頃、袁紹は公孫瓚(こうそんさん)と戦をしていました。
そして、最終的には公孫瓚を打ち倒し、その領地を拡大し、実質上の最大勢力となります。
これが、やがて曹操対袁紹の激突(大戦)につながっていきます。

【曹操の抱いた嫉妬と恐れ】

もう一つ曹操が頭を悩ませたことは、劉備の処遇でした。
呂布討伐のおりに、曹操は劉備に徐州の太守の座を与えると約束していましたが、本音を言えば劉備に領地と権力を与える気なんか、さらさらありませんでした。
名目だけを劉備にあたえ、自らの腹心を残して実権は曹操自らが手にするように企みます。

しかし、思いもよらぬことが起きます。
許都に帰還する曹操に徐州の民たちが曹操に拝謁し、陳情書を出します。
それは、「劉備を徐州に留めて、改めて徐州牧に任じてください」という願いでした。
曹操はその言葉を聞いて耳を疑います。
民が自分への感謝の言葉を述べに来たと思っていたからです。
曹操は「誰だと?」と、聞き返します。
あらためて「劉備殿」という名を民の口から聞いた曹操は、内心腹立たしく思います。
曹操は「なぜか?」と、陳情の理由を訊ねます。
民の話では、劉備が徐州を治めていた時は、徐州がもっとも平和であったこと、さらに腐敗した役人を罷免し、税を軽くし、橋を架け堤防を作り田畑に水を引き、穀物が大いに実り民の生活を豊かにし、人口も増えたからだ、というものでした。
劉備の徳ある政治民の心を掴んでいたのです。

それを聴いた曹操は、劉備に嫉妬と恐れを抱き、このまま徐州に留めることはまずいと考えました。
そこで、一緒に許都に帰還させることを思いつくのです。
(マジか!)

曹操は民にこう言い放ちます。
「それほど優れた人物ならば徐州に留めておくにはもったいない。朝廷に陳情書を献上し民心を皇帝に上奏する。そして、天子自ら劉備に位を任じてもらうが、どうだ?」と。

曹操、食えぬ男ですよね!

許都に帰還した曹操は、献帝に戦勝報告をします。
曹操の力を恐れていた献帝は、勝利の褒賞だといって、曹操に丞相の地位を与えます。
これで増々曹操の権力が強まりました。
つまり、皇帝の次のポジションで、ナンバー2の権力者となったことを意味します。

:「丞相」は現代の日本で言えば、総理大臣のような地位にあたります。

曹操は劉備が徳ある政治を行い、民心を掴んでいることに怒ります。
それは今まで端にもかけない勢力だと思っていた劉備が曹操のなかで初めてライバルとして影を落とした瞬間でした。

自分とはまったく違うタイプの人物である劉備に警戒心が芽生えたのです。
こうして曹操は劉備を徐州から切り離して、許都に連れて行くことにするのでした。
しかし、しかしですね。
そこで曹操の思惑を越えた出来事が起きます。

【曹操の思惑は外れる】

天子に拝謁した劉備は、天子から家系(出自)を訊ねられます。
劉備は、自らが漢の中山靖王の後胤考景帝の子孫であることを明かします。
すると、献帝は部下に命じて皇室の系図を取り寄せ、読み上げさせました。
すると、確かに劉備は漢王室につながることが判明したのです。
これは、万が一劉備の話が嘘だった場合、漢王室の末裔を詐称してことになり大罪にあたるので、確かめなくてはならなかったのでしょう。
それが、逆に劉備にとっては、正式な漢王室の血筋につながる人間であることの証明を得たことになりました。

曹操に実権を奪われていた献帝は親戚にあたる人物が現れたことを喜びます。
さらに劉備に左将軍の地位を与えます。

曹操は朝廷の丞相なので実質的な権力はとてもかないませんが、劉備は皇帝の叔父の立場となったことで天下に名乗りを上げる足掛かりを得たことになったのです。

【曹操の横暴と燃え上がる野心】

献帝が勝手に劉備に官職を与えたことに、不満を感じた曹操は、皇帝と朝廷の百官を引き連れて狩りに出かけることにします。
不穏な空気を感じた曹操は、誰が天下の支配者なのかと示そうと考えたのです。

しかし、ひ弱な献帝は弓を引いても鹿を射止められずにいます。
それを見た曹操は、不遜にも献帝の弓矢を奪い取り、皇帝の弓矢を使って鹿を射止めるのでした。
このエピソードはが示すことは、これで「誰が本当の支配者なのか、分かったか?」という、曹操の裏の声であったのです。

そうです。
曹操の野心がメラメラと燃え上がってきたのです。
曹操の野心という火に薪木を投げ入れてしまったのが劉備なのです。
さあ~劉備と曹操の宿命のライバル対決が本格化してくる気配がしてきました。

【曹操と劉備の比較】

ここで曹操と劉備を比較してみます。

曹操にあって劉備に足りなかったもの、それは謀(はかりごと)です。
劉備にあって曹操に欠けているもの、それは忠義の心です。

劉備は忠義のひとですから、裏切りません。
曹操は謀を用いますから、平気で嘘をつき、表の顔と裏の顔を使い分けます。

曹操は古びた漢王朝などには関心はありません。
自らが権力の頂点に立ち、自らが考える新しい世の中(王朝)を創ろうと野望を燃やします
一方、劉備は忠義の人物ですから、傾いた漢王朝のために身を粉にして漢王朝再興のために理想を抱きます
これは水と油みたいに、お互いに相いれない関係です。

二人の人物を比較すると、劉備と曹操は対立する宿命にあることが分かります。
乱世の奸雄と呼ばれた曹操には「野望」という言葉がぴったりと当てはまります。
人徳の人と呼ばれた劉備には「理想」という言葉が良く似合います。

劉備という人物は清らかな心の持ち主ですが、清らか過ぎることで、逆に天下取りのレースに後れを取ってしまうのです。
(う~む、難しいですな~!)

曹操は清濁併せ吞む性格をしているので、時に本音を隠し、謀を用いて政治権力の拡大を進めていきます。

「野望」を実現しようとする曹操に、「理想」を抱く劉備が立ちはだかる。

それが三国志の姿であり、醍醐味であり、面白いところであります。

【今回の教訓】

「野望を持ちたるものは警戒され、理想を抱くものは人を魅了する」

『中原逐鹿編2 ~英雄は英雄を知る~』に続く。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

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