『英雄は英雄を知る』
今回は、英雄は隠れている英雄を見破るという話をします。
【献帝の嘆き】
曹操は天子を擁して自ら丞相となり、漢の朝廷を支配下に置いたかに見えましたが、実は曹操の知らないところで曹操暗殺計画が立てられていました。
ある日、劉備は天子(献帝)に宮殿に来るように言われます。
劉備が行ってみると、夫人が出迎えて天子は厠にいるといいます。
劉備はそれを聞いて“待つ”というのですが、夫人は劉備を厠へと誘います。
劉備が皇帝の厠へ行ってみると、気落ちして覇気のない献帝が待っていました。
献帝は劉備に向かって、自らの現状と内心を吐露するのです。
献帝が劉備を厠へ誘って話をしなければならなかったのは、常に曹操の部下が献帝を見張っているからです。
献帝は悪逆非道な董卓に利用され、次に董卓の部下に利用され、今度は曹操によって“籠の中の鳥”と化して身動きできないでいる現状を訴えるのです。
皇帝とは名ばかりで、実質的な権力は曹操が握っているからです。
献帝にあるのは、ただ天下に号令するための“名目”を与えられる皇帝という“名”だけなのです。
董卓も曹操も皇帝を利用し、実質的に漢王朝の権力を握って支配しましたが、二人の違いはなんでしょうか。
三国志を知っている方なら、董卓と曹操は違うと思っているでしょう。
ですが、皇帝の権力を奪い、皇帝の名を利用して、皇帝に睨みを聞かせて自らが思うように天子を操り権力を振るうこと自体は同じに見えます。
多少でも違って見えるのは、董卓は私利私欲で酒池肉林の日々を送っていましたが、曹操は実務に励んでいたことでしょう。
皇帝の立場からすれば、皇帝を利用していること自体にはさほど違いはないように見えます。
【劉備、漢(おとこ)を燃やす!】
献帝から漢王室の辛い現状を聴かされた劉備は献帝の哀れな姿に涙を流します。
このとき劉備の胸には、漢王室の再興という理想の火が激しく燃えたことでしょう。
忠義の心を持ち、漢王室の末裔に生れた自分の使命に改めて目覚めたのです。
献帝は劉備に密使を渡す約束をします。
献帝は、劉備に許都(漢のこのときの都)を離れて密かに漢王室に実権を取り戻す動きをしてくれと頼むのでした。
曹操暗殺の首謀者は献帝の夫人の父である董承です。
ですが、すべては献帝の意思によるものなので、曹操暗殺の真の首謀者は献帝と言ってもいいでしょう。
漢王室の権力を独占し、天下に号令する曹操と、その曹操から実権を奪い返し、漢王室の再興を果たそうとする劉備。
まさに宿命のライバルという図式です。
この辺が、三国志がたまらなく面白いところです。
【政治家を評価するポイント】
政治家を評価することは同時代には難しいものがあります。
この時点で、董卓と曹操の違いはあるかといえば、表面上は権力の簒奪という意味でさほど違いがあるといえません。
でも、本当は全然違うと考えます。
もちろん、将としての能力、器が董卓と曹操では天と地ほど違います。
政治家を評価するには、二つ大事なことがあります。
それは、「動機」と「結果」です。
なにゆえにその行動をとっているのか。
そして権力を使って実現した世の中で、いったい誰が幸せになったのか。
なんのために天下を取るのか。
天下を取った後に喜んだのは誰なのか。
特に世の中が良くなり、民が豊かになり幸せ度が増すという結果が出なければいけません。
その視点から政治家を判断する必要があります。
董卓の場合は、民は苦しみましたが、曹操はそうではありません。
この辺が二人の違いです。
【曹操に見抜かれた劉備の英雄魂】
劉備は献帝からの密約を胸に秘めたまま庭仕事などをして大業を隠して過ごしますが、そこに曹操から呼び出しがきます。
酒を飲み食事をしながら曹操は劉備に問います。
「この広い天下で英雄と呼べる人物は誰だ?」
劉備は、謙遜して「わたしには英雄を見抜く力などありません」と答えますが、曹操は納得せずに答えを催促します。
仕方がなく劉備は内心を隠して答えます。
袁術、袁紹、馬騰、劉表、孫策などの人物をあげますが、曹操はいちいち反論します。
「袁術などすでに白骨だ」
「袁紹など強がりでただの小心者。論外だ」
「劉表は名ばかりだ」
「孫策など父親の七光りにしかすぎない」
自らを英雄と思っていた曹操はこのとき自分の名前が出てこないことに歯がゆかったでしょう。
逆に、英雄は誰かと聞かれてあえて曹操の名を挙げない劉備もたいした者です。
このとき劉備の胸の中には、曹操への強い対抗意識が燃えていたのでしょう。
何度聞いても他に心当たりがないと言い切る劉備にあきれた曹操は、誰が天下の英雄か教えてやろうと言います。
「真の英雄とは、その胸に大志を抱き、天地の気を呑む力を持つ。この広い天下で英雄と呼べるのは、そなた劉備とこの曹操だけだ」
否定する劉備に対して、さらに曹操は言い放ちます。
「玄徳殿、わしの眼がふし穴だと思っているのか。これでも人を見る目だけは確かだぞ」
隠していた心の内を見透かされたような曹操の言葉に劉備ははっとして焦ります。
劉備はあまりに慌てたため持っていた箸を落してしまいます。
そのとき丁度よく雷が轟いたので、劉備は雷に脅えた演技をして誤魔化します。
『英雄は英雄を知る』
これが英雄の条件とも言えます。
この故事は有名なことわざになっています。
『青梅、酒を煮て、英雄を論ず』です。
(カテゴリー「三国志の諺」をお読みください)
【隠れた英雄を嗅ぎ分けてこそ、真の英雄と呼べる】
肩書がなくとも、経済的裕福さがなくても、若者でも年寄りでも、そうした見かけ上には騙されずに人を判断する。
なかなか難しいことです。
曹操はそうした能力に優れていたのです。
曹操は人一倍他人の才能を求めた人物です。
そのためには、その人物の才能や能力を見極められる眼力が必要です。
しかし、このとき二人を取り巻く情勢は風雲急を告げます。
袁紹が公孫瓚を破って勢力を拡大したのです。
さらに、袁術が伝国璽を袁紹に渡してその勢力と力を合わせようと行動を始めます。
劉備は、これを許都から離れる絶好の機会と見て、徐州を通過する袁術を打つために出兵することを名乗り出ます。
ですが劉備の勢力は少ないため、献帝が曹操の兵を与えるように助言します。
曹操は、劉備に5万の兵を貸し与えて徐州に向かわせます。
ただし、曹操は自分の部下を監視につけることは忘れませんでした。
こうして劉備は曹操の元を離れて、献帝との密約を果たすために徐州へ向かいます。
『英雄は英雄を知る』とは、本当だと思います。
実力のあるものは、誰がライバルになる者なのかを見破ります。
しかし、慢心したり、他人を過小評価する癖があったり、人を肩書で判断したりしていると誰が英雄なのかを見誤ります。
一見英雄に見えないような人物を見て英雄と見破ってこそ、英雄の列に初めて並べるのです。
『英雄は英雄の匂いをかぎ分ける』とも言えましょう。
『今回の教訓』
「政治家を評価するには、動機と結果を見ろ」
「英雄の資質とは、他人の隠れた資質や実力、志などを見抜くこと」
『中原逐鹿編3 ~曹操の憂鬱~』に続く。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。