『力で攻めずに心を攻める』
前回は、小さな勢力がいかにして拡大していくのかという話をしました。
今回は、零陵と桂陽攻略の話をしてみたいと思います。
【ケイ道栄の嘘】
劉備に許され釈放されたケイ道栄は零陵の城に戻りました。
ケイ道栄は、孔明たちが予想したように寝返りの約束を破ります。
主君の劉度を前にして、こともあろうに劉備の軍勢を見て武力で対抗するのではなく、知略で対抗するべきだと考え、わざと趙雲に捕まったと、平気で嘘をつきます。
よく言いますよね~!
ケイ道栄の嘘はさらに続きます。
なんと、劉備がケイ道栄に金と官爵を与え、娘婿に迎えたいと言ったなどと言い出します。
こうなるとケイ道栄の嘘は止まりません。
敵の計略を暴くために一旦劉備の申し出を承知したなどと主張します。
そして、劉備がケイ道栄に内偵になれといって、劉備を城に引き入れる作戦にのった振りをしたのだというのです。
ケイ道栄は、劉備を城に引き入れたときに攻撃すれば劉備軍を破れると言い出し、まるで自分の手柄がすでに確定したような口ぶりなのです。
しかし、そのケイ道栄の話を聞いていた劉度の息子劉賢は、ケイ道栄を疑います。
「そなたがわれらを欺く魂胆ではないか」と。
劉賢は剣を抜きケイ道栄の首に付きつけます。
するとケイ道栄は泣き出して自らの潔白を主張します。
その様子を見ていた劉度はケイ道栄を信じてしまいます。
たくさんの英雄たちが登場する三国志の中で、このケイ道栄は「お笑い」担当なのでしょうか?
【見透かされていた嘘】
夜半になって張飛が軍を率いてきて、開門を迫ります。
そばには劉備もいます。
それを見てケイ道栄は城門を開きます。
張飛は馬を進めて城の中に入っていきます。
すると、城内の兵が一斉に火矢を放ってきました。
罠と気づいた張飛は慌てて城外へ逃げ出します。
それをケイ道栄が兵を率いて追います。
狙いは劉備です。
逃げる途中で劉備の乗った馬がくぼみに足をとられて落馬してしまいます。
そこへケイ道栄が追いつきます。
劉備を捉えた、そう思って確認したところ、その劉備は替え玉だったのです。
いわゆる影武者です。
罠にかかったと知ったケイ道栄と劉賢は慌てて城へ逃げようとしますが、そのチャンスを狙っていた張飛が立ちふさがり劉賢を捉えてしまいます。
張飛側の狙いはこうです。
城攻めを強行すればこちらにも被害が出る。
だから、ケイ道栄が裏切ることを逆手に取って、城内の兵を外におびき出し、人質(劉賢)を取る。
劉度は一人息子の劉賢をたいそう可愛がっていたので、それで降伏するとよんだのです。
劉度は息子の命と引き換えに降伏し、零陵太守の印綬を劉備に渡そうとします。
劉備は、劉度がおなじ劉氏の末裔であることを尊重し、差し出された印綬を受け取らずに零陵太守の座を劉度にそのまま任せることにします。
策には策を。
仁義は剣よりも強し。
これが零陵戦で見せた孔明の智謀と劉備の仁義でした。
次に狙うのは桂陽です。
【桂陽攻略における孔明の人選】
桂陽攻略の話を聞いて、趙雲が先鋒を願い出ます。
それを側で聞いていた張飛は俺が行くと横やりを入れます。
そこでクジで決めようと劉備が言い出します。
孔明から先にクジを引いたのは張飛です。
クジを開けてみると、そこには「はずれ」と書かれていました。
「ちきしょう。はずれだ!」
と悔しがる張飛。
次に趙雲が同じようにクジを引きます。
当然「当たり」だと思って趙雲が開いてみると、そこには「はずれ」の文字が目に入ってきます。
趙雲が口に出そうとしたのを孔明が制します。
趙雲を黙らせておいて、
「張飛は自らハズレを引いた。此度は子龍(趙雲)の出陣だ」
と、劉備に言います。
夜半になって趙雲は孔明の執務室を訪ねます。
その理由は、桂陽出陣の先鋒を巡ってのクジで自分の引いたクジもハズレだったからです。
なのに、軍師孔明が趙雲を劉備に推挙したからです。
趙雲は疑問を孔明にぶつけます。
「贔屓はごめんだ」と言う趙雲に孔明はその胸の内を吐露します。
「わたしは軍の統率者、武将との付き合いに偏りはない。これは大局をみての判断なのだ」
そういって趙雲の不信の気持ちをなだめながら話を進めます。
それは、江南の四軍(零陵、桂陽、武陵、長沙)を武力だけで支配するのは難しい。
相手が徹底抗戦すれば、攻略が遠のく。
張飛は気性が荒く好戦的だから、死んでも降参しない敵ならば手荒なまねをするだろう。
そうなるとその後の江南支配が上手くいかなくなる。
だから、桂陽攻略には張飛でなく趙雲がふさわしいというものでした。
それを聞いた趙雲は気持ちを強くして桂陽に出陣するのでした。
【桂陽攻略、趙雲の活躍】
余談ですが、劉備陣営の武将たちのなかで孔明と一番相性がいいのが趙雲です。
その関係は劉備亡きあとの、中原に出陣していく頃までずっと続きます。
これは孔明と趙雲が清廉で誠実な性格を持っていたので、お互いに理解し合える間柄だったからでしょう。
孔明の信頼を胸に趙雲は桂陽城に迫ります。
迎え撃つのは太守趙範配下の武将陳応(ちんおう)。
趙雲は歯向かわずに荊州を治める劉備に従うように説得しますが、陳応は「われらは曹操に従っているのだ」と言って趙雲の言葉をはねつけます。
そこで趙雲と陳応は激しく戦闘に突入します。
しかし、陳応は持っていた武器を趙雲によって何度も折られる始末。
まったく相手になりません。
しまいには趙雲の槍先が陳応の喉元に届きます。
陳応は趙雲の強さに感服して降参するのです。
城内に戻った陳応は、主の趙範に劉備軍に降るように進言します。
周りにいたその他の武将たちも同意見でした。
部下たちの裏切りに憤慨しながらも、追い詰められた趙範はしぶしぶ降伏することにします。
ですが、腹心の鮑竜(ほうりゅう)が諦めきれない趙範に腹黒い策を授けます。
それは降参した振りをして、趙雲にしこたま酒を飲ませて酔い潰して、ハニートラップを仕掛けるといものです。
その女性は趙範の兄嫁だったのですが、夫と死別して独り身でいたのです。
その女性を趙雲の嫁にどうかと話を持ち掛けたのです。
これはもちろん罠です。
誠実な性格の趙雲は、きっぱりと断り屋敷を出ようとします。
するとそこには武器を持った兵たちが待ち構えていました。
武器を持たぬ趙雲は死力を尽くして戦います。
やがて敵兵の囲みを突破して城外へ出ます。
しかし、そこに待っていたのは陳応率いる軍勢でした。
この瞬間趙雲は危機を感じたでしょうが、実は違っていました。
陳応の目的は趙雲を逃がすことにあったのです。
陳応は趙雲との戦闘で趙雲の武力と敵を許す度量に惚れ込んでしまったのです。
趙雲はすぐさま軍勢を呼び戻し桂陽城へ攻めます。
趙雲率いる軍勢を目の前にして、逃げ出そうとした趙範はここにいたってようやく降参したのです。
こうして武将の陳応たちを味方につけた趙雲は見事桂陽を攻略したのです。
力だけに頼らずに、敵の心を攻め、相手の裏の裏をかき、戦わずして勝つ。
それが孔明の戦い方なのです。
そこには宿敵曹操と孫権の勢力と並び立つために、勢力拡大を計るという大きな戦略に従っての構想なのです。
できるだけ攻略した領地の兵力を失わないようにすることが、劉備陣営の戦力拡大につながるからです。
戦術は戦略に従う。
兵法の大前提です。
【今回の教訓】
「小さな勢力(企業)が、大きな勢力(企業)と戦い拡大していくためにまず必要なことは、一か八かの賭けではなく、自らの勢力の損失を防ぎつつ、大局をみた戦略を構想すること」
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。