
『志を捨てない』
今回は、逆境の中でも志を捨ててはいけないという話をしてみたいと思います。

【架空の人物 周倉】
古城の主をしていた張飛と再会した関羽でしたが、その直前に周倉という人物と会います。周倉という人物は、元は黄巾賊で関羽と巡り合うまで山賊をしていました。
以前から関羽の活躍を耳にしていた周倉は、いつか巡り会うことができたら関羽の配下となりたいと考えていたため、関羽に会うや否や、自分を配下にしてくれと頼むのでした。
ですが、夫人たちが山賊と聞いて反対します。
それでも周倉はあきらめずに食い下がります。
砦を焼き払って山賊を解散し、たった一人でついていくと言います。
関羽は周倉に義の心を感じて夫人たちを説得します。
こうして周倉という男を部下に加えます。
この周倉という人物は「三国志演義」に出てくる架空の人物だと言われています。
「三国志演義」には何人も架空の人物が登場します。
そのひとりが周倉で、もっとも有名なのが実は「貂蝉」です。
とにかくこのエピソードは関羽が「義」を重んじる人物であると示すために創作された出来事のようです。
【劉備の脱出作戦】
一方、袁紹の元に身を寄せている劉備の元に、義兄弟の張飛と関羽が黄河を渡った先の古城にいるという情報が入ります。
劉備は逸る気持ちを抑えながら、兄弟たちと再会する“すべ”を考えます。
そして、袁紹に切り出します。
曹操に対抗するために、荊州の劉表と同盟を結んで曹操に戦うべきだと。
実は、袁紹と劉表は仲が悪かったのです。
当時、曹操に対抗できるほどの力を持つ勢力はわずかです。
勢力的に上回っていると思われていたのが袁紹です。
劉表と同盟すれば曹操を圧倒する巨大勢力となり得ます。
そこで漢王室の末裔である劉備が同じ一族の劉表を説き伏せようというのです。
この話に乗った袁紹は、劉備が荊州に行くことを許します。
劉備が劉表との同盟の話を上手くつけ、関羽と張飛を引き連れて戻れば、袁紹軍の大きな力となると考えたのです。
(浅はか!)
しかし、参謀の許攸は反対します。
劉備を野に放てば二度と戻ってこない、というのです。
袁紹は、許攸の進言を「劉備は高潔な君子だ。そなたの小人の心で君子を見るでない」と言って諫めます。
(以前の反董卓連合軍の集まりでは、地位も金もない劉備を馬鹿にしていましたが、ずいぶんと変わるものですね!)
こうして劉備は袁紹の元を去るのですが、門を出る劉備を許攸は待ち受けます。
許攸は劉備にズバッと本音を言います。
「貴殿は兄弟と再会したら、戻る気はないのであろう」
劉備も本音で答えます。
「許攸殿はなにゆえに袁紹を見限らないのか? わたしは袁紹の世話になって気づいた。袁紹には大業は成せない。このままとどまっても志を果たすことは出来ないばかりか、命を危険にさらすだけだ」
それに対して許攸は、「わが君主はつくづく人を見る目がない。暗愚な君主なのだ」
と、内心を吐露してしまいます。
許攸は袁紹が暗愚な君主であることを深く悟っていたのです。
それを聞いた劉備は、「一緒に来て共に曹操を打とう」と許攸を誘います。
それに対して、許攸は「そのように落ちぶれたそなたがまだ曹操と戦うというのか?」
と、あきれ顔で言います。
劉備は真顔で「いかにも、この命ある限り諦めはしません」と強い気持ちを込めて言います。
許攸は、劉備の内心を理解したのです。
劉備が、たとえ袁紹のもとに戻ってこなくても曹操と組むことはないと、深く感じ取ったのです。
許攸が仕える袁紹のライバルは曹操ですから、劉備が同じ曹操を憎んでいることを知って安心したのです。
【忠義の士 許攸】
劉備に「共に行きませんか?」と誘われた許攸でしたが、「一滴の水の恩、湧く泉にして報いる。主君は暗愚なれども私を重用してくれている。仕えて十数年にもなる。わが主君のもとを離れるのは忍びない」と答えて、劉備の誘いを断ります。
さんざん世話になった人への恩を忘れて、愚痴や不満を募らせ、裏切る人間は古今東西数え切れません。
まして戦乱の世であれば、主君を替えるということは当たり前に行われる時代です。
裏切りの時代にあって、暗愚であっても主君は主君、受けた恩は倍返し、とする許攸のような漢(おとこ)は乱世に爽やかな風をもたらす存在です。
三国志には男気あふれる英雄たちがたくさん登場しますが、許攸のこの言葉に男気を感じます。
たとえ暗愚であっても、たとえ大業を成せなくとも、受けた恩を必ず返すのが男というものだと言っているように聞こえます。
許攸が初めから劉備と共にあったなら大きな力となったことでしょう。
しかし、袁紹は配下に知恵者の参謀や豪傑たちを従えていましたが、それらの男たちの力を十分に発揮できなかったというのが、わたしの袁紹に対する評価です。
【桃園の義兄弟、再開!】
こうして、黄河を渡って古城に入った劉備は関羽、張飛の義兄弟と再会を果たします。
曹操に敗北し、命を落としかけ、失望に打ちのめされ、辛酸を舐め、それでも兄弟との再会を願っていたその思いが報いられた瞬間でした。
この場面は胸を打ちます。
さらに砦に立て籠っていた趙雲と会います。
趙雲はもともと公孫瓚(こうそんさん)の配下だったのですが、公孫瓚が袁紹に敗れたため行き場を失っていたのです。
劉備は関羽、張飛に加え趙雲をも加えて志を果たすため再起を誓うのです。

【身ひとつでも、志を捨てず!】
劉備が袁紹のもとにいたとき、どんな気持ちだったでしょうか?
固く誓った義兄弟の生死も知れず、夫人たちとも部下とも引き離されて、流浪の身となり、しかたなく袁紹の元に身を寄せた。
頼るべき人物の袁紹は、大業をなすことは出来ない暗愚な人物。
憎き曹操は勢いを増すばかり。
焦り。
失望。
不甲斐なさ。
無力感。
こうした感情に支配されて、志をあきらめてもおかしくはありません。
この時の劉備には自分の身ひとつしかないのですから。
ライバルの曹操は漢王室を牛耳る丞相、袁紹、劉表などは巨大な領土と兵力を持っている。
それに比べて漢王室の末裔である自分はどうだ!
この現状を見る限り、希望の火は消えたかに見えたとしてもしかたがないでしょう。
この状況の中で劉備は、身一つであろうと再起を計り曹操を打とうという志を捨てないのです。
こうしたことは三国志の時代だけの話ではないでしょう。
現代においても、誰の人生にもこうした逆境や困難に打ちのめされてしまう状況に出会うときはあるでしょう。
そのときにどう思うか、どう考えるかが英雄と凡人を分けるのです。
この逆境の中で志を手放さない劉備。
ここに劉備の偉大さを感じます。
その懐にもっているのは、「仁義と志」です。

【男が惚れる漢(おとこ)の姿】
曹操のように才気あふれて実力があり、うなぎ登りのように出世していくのも英雄といえますが、もうひとつ英雄の姿があると思います。
それは、このときの劉備のようにどんなに逆境の中にあっても失望の波にさらされても、胸に秘めた志を決して手放さない。
暗闇の中からでも一条の光を見つけ出す。
そうした姿にも英雄の姿、男が惚れる男の姿があると思います。
決して志を曲げずに捨てない男。
それが劉備という男であり、偉大さであり、魅力でもあります。
こんな男に会ってみたいと思いませんか?
【今回の教訓】
「一滴の水の恩、湧く泉にして報いる」
(受けた恩を必ず返すのが男)
「焦り。失望。不甲斐なさ。無力感。こうしたことを経験した者こそ友とするべきである」
「どんな逆境にあっても、失望の闇に包まれても、胸に秘めた志を決して捨てない者こそ、英雄と成れり!」
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。