『英雄帰天編7 ~真実を見極められない愚か者~』
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『真実を見極められない愚か者』 

前回は、暗愚なリーダー(劉璋)の間違いという話をしました。
今回は、真実を見極められない愚か者という話をしてみたいと思います。

【劉備、蜀に入る】

 劉璋は張松とともに軍勢3万と兵糧金銀などを持ち、フ城で劉備の出迎えを受けることになりました。
劉璋は益州の都である成都からはるばるやってきたのです。
それほど劉備の援軍に期待したのです

 劉璋と劉備は同族ということもあり意気投合しました。
しかし、お互いの臣下たちの思惑はまったく違ったものでした。

 劉璋の部下は劉備が蜀を乗っ取りにきたと思って警戒し、劉備の軍師龐統は蜀を如何にして取るかということを胸に秘めています。
劉璋の部下たちは、劉備の背後にいる人物が稀代の軍師龐統であることを知り、劉璋に劉備が企んでいると諫言するのです。
それでも劉璋は、劉備が蜀の援軍としてきたことを疑いません。

 一方、劉備は龐統から宴席の返礼として劉璋を招き、機をみて劉璋の命を奪うことを進言します。
しかし、劉備は、同族である劉璋に不義は出来ぬといって龐統の策を取り入れません。
いままで仁義を持って生きてきたのに、それに背く生き方は出来ぬというのです。
龐統は劉備の言葉を聞いて悔しがるとともに劉備の仁の心に感銘をうけるのです。

 ここが劉備の魅力でもあるのですが、龐統や孔明などの智謀の士からすれば、歯がゆいところでもあるのです。
本当は蜀を取る気があるにも関わらず仁義にこだわってしまうことで、チャンスを逃すことにもなりかねない。
龐統も苦労します。

【劉璋暗殺計画】

 そこで龐統は劉備には内緒にして独断で事を運びます。
武将の魏延を密かに呼び出し、酒宴に限れて劉璋の命を奪えと密命を与えます

 なにも知らない劉璋はフ城で開かれた答礼の酒宴に招かれてやってきました。
盃を交わしながら親交を深めようとする二人の前に魏延が余興に「剣の舞」を見せると言い出します。
魏延は真剣を抜き鬼気迫る舞を舞っていきます。
そこに殺気が込められていることを感じた劉璋の部下が、主の危機と感じ取り、魏延の剣の舞に参加します。
さらに剣舞に複数の部将たちが参加して、酒席なのか戦場なのか分からない有様になってしまいました。

 その様子をみて、劉備が大声を上げます。

「無礼である。抜き身の剣舞とは何事だ。剣を棄てぬものは斬ってすてる」

劉璋も劉備に同調して配下のものに剣を治めることを命じます。

 憤慨した劉備は、龐統の企みだと気がつき、二度と仁義に背くことをしないように釘をさします。

 劉璋のほうは、部下に暗殺されそうになったのだと言われても劉備を庇います。
劉璋とすれば、漢中の張魯に対抗するには劉備の援軍を頼りにするしかないと思っていたので、そう思い込みたかったのでしょう。

【孫権の企みと阿斗奪還】

 そんな折に漢中の張魯が蜀に進軍してきたとの報が入ります。
そこで部下たちが劉備に出陣の命を発し、劉備の真意を探ろうと言い出します。
しぶしぶ劉璋はその意見を受け入れます。
劉璋は、配下の武将にフ水関を守らせ、自身は成都に引き上げます。
劉備は、やきもきする龐統を無視するように、劉璋の命を受けて張魯討伐の行軍を起こします。

 そのころ呉の孫権のところにも、漢中の張魯が蜀に侵攻したとの知らせが入ります。
知らせを受けた孫権は、武官文官たちを集めて対応を協議します。

 武将たちの大半が荊州に攻め入るべきだと主張します。
呉の側から見れば、劉備が荊州を治めたままで蜀を取れば一大勢力となり、呉の力をもってしても簡単に打ち負かすことが出来なくなります。
ですから孫権とすれば、この機会に荊州を奪還したい気持ちに駆られたことでしょう。
しかし、荊州には稀代の軍師孔明と武将の関羽、張飛、趙雲が睨みを利かせています。
そう簡単には荊州に攻め入ることは出来ません。

 それでも劉備が3万の軍勢を引き連れていったので、荊州の兵力は減っています。
逸る武将たちを押さえながら冷静に考える孫権としても荊州を取るチャンスだと判断します。
ですが、その動きに孫権の母である呉国太が待ったをかけます
それは、父と兄(孫堅と孫策のこと)から受け継いだ81州の遺領がありながら、欲に目がくらみ大事な肉親を殺めようとは言語道断だ、というのです。
つまり婿を裏切り、呉国太の娘であり劉備の妻である孫小妹の命を奪うつもりなのか、ということを言いたいのです。

 孫権も母の呉国太には逆らうことが出来ません。
そこで張昭がある作戦を思いつきます。
それは密かに荊州の孫夫人(孫小妹)に密使を送り、母の呉国太が病で危篤だと偽って呉に帰郷させることです。
その際に劉備の息子の阿斗も引き連れてくるように企みます
劉備の息子を人質に取って、荊州返還と引き換えにしようとしたのです

 孫夫人は、密使である周善の話を信じてしまい、母の病を心配して呉に帰ることにします。
孫夫人は軍師孔明に知らせようとしますが、それを周善が止めます。
周善は、母親を心配する気持ちを逆手に取り、今すぐに呉に帰らないと二度と会えなくなると強く説得します。
その際に、蜀の劉備と手紙のやり取りをしていたら間に合わなくなる、軍師は必ず引き留めるから内緒にしろと言い含めたのです。

 密かに荊州を離れようとした孫夫人でしたが、孔明の知ることになり、趙雲をすぐに向かわせます。
孫夫人の馬車に追いつくと趙雲は、黙って呉に行こうとすることを諫めます。
それに劉備のたった一人の息子である阿斗を引き渡すように求めます。
阿斗を取り戻されては企みが破れてしまうと、周善は兵士に趙雲を襲うように命じます。
趙雲の兵と呉の兵とで戦闘が始まります。
そこへ孔明の命を受けた張飛が援軍としてやってきます。
趙雲に切りかかった周善は反対に叩き斬られました。
趙雲は見事に阿斗奪還に成功します。

 それでも孫夫人は母の呉国太が本当に重い病だと信じていますから、呉に帰ると言い張ります。
しかたなく、趙雲と張飛は孫夫人を行かせるしかありませんでした。

 呉城についた孫夫人は孫権から耳を疑うような話を聞きます。
それは復調して元気になったというのです。
そのときはじめて孫権の策略であることに気がつきますが、時すでに遅し。
孫夫人は、このときから劉備の元へ戻ることはありませんでした
結局、劉備と孫夫人との結婚生活はわずか3年でピリオドを打つことになりました。

 これ以後、劉備と孫権の関係は急速に冷え込んでいくことになります。
実質上、孫劉同盟は破棄され、荊州争奪の争いが激化することになるのです。

 もし孫夫人が阿斗を引き連れて呉に帰郷してしまったら、三国志の歴史が大きく変った可能性があります。
しかし、この時点で阿斗は赤子。
その可能性は未知数。
劉備の後継者候補なのですから、他国に渡すことはできません。

 ただ、以前に趙雲が曹操の大群相手に後を守り抜いたときに、赤子の息子を投げつけて張雲の命のほうが大事だとしたエピソードがありますから、阿斗が呉に行ったままでも、劉備は阿斗を見捨てたかもしれません。
そうした場合でも、孔明、趙雲などの臣下は絶対に放っておかないでしょうから、やはり大問題となったことでしょう。

 これは地味ですが、孔明の手柄です。
もっとも実際に阿斗を取り戻したのは趙雲と張飛ですが、こうした不測の事態が起きることを普段から想定して、周辺に警戒を命じ、なにかあれば必ず情報が孔明のところに入るようにしていたからこそ、孫夫人の愚行を未然に防ぐことができたのです。
地味ですが、こうした実にきめ細かい仕事が孔明の力量です。

【孫夫人の愚かさ】

 それにしても、孫夫人は愚かですね。
孫夫人は生まれたときから姫様扱いで育ってきたので、気位が高く世間知らずだったのでしょう。
武術の腕前はあったようですが、政治や外交の世界で飛び交う権謀術数には疎かったようです。
母親を心配するのは人間ならば当然でありそれを否定はしません。
ですが、様々な状況から周善の言っていることが本当なのか嘘なのかを見抜けるようでなくては英雄の妻は務まりません。

 嫁いだからには、劉備の妻としての立場と役割を最優先すべきであったと思います。
孫夫人の行動は、劉備という英雄の妻としてはあるまじき行為であると言えます。
前後の見境なく、思慮分別もなく行動するようではいけません。

 乱世では、権謀術数が当たり前、いつ身の危険が及ぶか分からないのです。
世間知らずではいくつ命があっても足りません。

 孫夫人が呉に帰郷したと知った劉備は嘆き悲しんだようです。
これを現代社会に置き換えると、単身赴任中に妻が実家に帰ってしまったとでも言うべきでしょうか。
(ちょっと無理やりかな?)

 歴史では、女性の活躍が描かれることが少なく、資料もほとんどないことが普通となっています。
三国志においても、もう少し女性の活躍や資料が残っていたら面白かったなと思います。

 そうすると男性から見た英雄像とは違った一面を見ることが出来て、イメージが違った、などという英雄も出てきたかもしれません。

 職場の顔と家庭での顔が違うのは世間ではよくあることではないでしょうか。
英雄の家庭での顔というものを見てみたかったと思うのは、わたし一人だけでしょうか?

 劉璋も孫夫人も真実を見極めることが出来なかったという点で愚かだと言えます。

【今回の教訓】

「不測の事態を予測し、情報収集を怠らず、備える」

 最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

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