『己の実力を知る』
今回は、呂布と陳宮という二人の人物の自己認識の誤りについてお話します。
【虎退治、曹操と劉備が手を組む】
袁術を破った曹操には、どうしても解決しておきたいことがありました。
それは呂布という大きな虎を退治する事でした。
徐州を奪われた劉備とてそれは同じこと。
二人は呂布という虎を退治するために手を組みます。
曹操から劉備に当てた密書が呂布の部下に見つかります。
実はこれは曹操が仕組んだ策略だったのです。
ここで陳珪、陳登の親子が登場します。
二人は漢王室に忠義を尽くそうとする人物で、劉備から徐州を奪った呂布を憎んでいました。
ですから、呂布を亡き者にしようと策略を巡らすのです。
親子は呂布を褒めたたえて、呂布に都合のいいような話ばかりして呂布の信頼を得ます。
そして、参謀の陳宮との仲に亀裂を入れるのです。
陳宮はそんな親子の腹の底を見抜き「奸賊」となじるのです。
「あの親子は口だけで媚びへつらう詐欺師だ」と呂布に言い放ちます。
呂布は陳宮が嫉妬しているのだと思って陳宮の言葉を軽く受け流します。
陳宮は「陳親子の甘い言葉に騙されてはいけない」と苦言しますが、耳に心地よいことを言ってくる陳親子のことを呂布は疑いません。
(ダメだこりゃあ!)
【追い詰められた虎】
呂布は劉備の裏切りを知って激怒し、曹操の大軍が来る前に劉備のいる小沛の城を攻めます。
そのとき呂布は徐州の城の留守役を陳珪(父親のほう)に任せて出撃します。
劉備は敗北し、関羽、張飛の三兄弟も散り散りとなってしまいます。
陳宮の策略によって劉備を騙して勝利したのです。
小沛の城を落した呂布は部下の高順に小沛を任せて自らは徐州に戻ります。
しかし、徐州の城についてみると陳珪が開門しません。
ここに来てようやく呂布は自分が騙されたことを知るのです。
呂布は武勇に優れてはいましたが、物事を考えることは素直な子供のように無邪気なところがありました。
小沛の劉備軍を破った呂布でしたが、曹操が大軍を率いてやってくると破れてしまいます。
破れた呂布は「下ひ」という土地へ退避するしかなかったのです。
呂布の命運が尽きようとしていました。
【陳宮の知恵は“小智”】
呂布の参謀をしていた陳宮という人物は、曹操と若い時からの知り合いで、一時期は曹操と行動を共にしました。
けれど、曹操が無実の人を殺害して平気な顔をしているのを見て曹操から離れたのです。
曹操を見限ったのです。
陳宮は陳親子のことは見抜きましたが、もっと大きなことを見抜くことが出来なかったのです。
それは広い天下で誰が覇者になるのか、誰が覇者にふさわしいのか、ということです。
一方、劉備については端から仕えるべき主君とも思っていませんでした。
それはおそらく劉備の出自が貧しい身分だったからでしょう。
袁紹、袁術などは初めから仕えるに値しない人物だと思っていたようです。
つまり、流れ流れてたどり着くべく呂布の元にたどり着いてきたと言えるのです。
後世の歴史から英雄と求められたような人物と接したりしているにもかかわらず、「誰が天下を取るのか」、あるいは、「誰に天下を取らせるべきなのか」という判断を見誤ったのです。
そうした点から陳宮の知恵は“小人の知恵”と言えるでしょう。
知恵者にも小智と大智があるのです。
なのに、陳宮は、自分のことを天下無双の智者だと思っていたことが、陳宮の根本的な間違いなのです。
本当の智者は、己を正しく観るものです。
己を正しく観れない者は、他者をも正しく観ることはできません。
【天下無双の武将、天下無双の大将とは必ずしも成らず】
呂布という人物は、武勇においては天下一でも策略を巡らして天下を取るほどの器ではないのです。
呂布のところには曹操や袁紹ほどに有能な人物がいなかったのです。
参謀といえば陳宮くらいだし、武将は己が強いがために他の武勇に優れた者を強く求めなかったのです。
つまり、呂布は武勇では天下無双の武将でも、自分が大軍を率いる大将としての才能と器をもっていなかったのです。
なのに、天下を取ろうとしたことが過ちです。
自らの武勇を誇って多くの強者という人材を求めなかったのです。
呂布がもし、曹操や劉備などに仕える武将としての人生を選んだら、きっと歴史に名を残したでしょう。
けれど、己の才覚、実力に気が付かずに武勇に優れているからと己惚れて大将になろうとしたことがすべての誤りのもとです。
ただ、呂布は知恵が回らないことを多少は自覚していたため、陳宮を先生と呼んで知恵を借りてはいました。
しかし、大将には大将の器が必要なのです。
【己を知らぬ者は、身を滅ぼす】
陳宮も参謀、軍師としては、諸葛孔明や司馬仲達、荀彧などと比較してずいぶん見劣りします。
陳親子を奸賊と見破ることは出来ても天下の英雄たち実力と人格を観ぬけなかったのですから、人物を見る目も二流、三流でしょう。
陳宮は参謀としては三流の人物だったのです。
なのに、曹操に悪態を尽き、劉備の徳ある人格を認めることが出来なかったのです。
それは、やはり陳宮の性格に大きな原因があります。
陳宮はプライドが高く名誉を求める心が人一倍強い人物なのです。
我が強く、自分を認めてくれないひとを毛嫌いする性格なのです。
そのくせ自分が一級の人物だとの誤った自己認識を持っていたのです。
陳宮もまた己の才覚、実力を知って、曹操や劉備などの大将が務まる人物や天下を狙える英雄に仕えれば、それなりに名を汚さないで歴史に名が残ったことでしょう。
へたに欲をかいて呂布などに仕えるふりをして、自らの才覚を世に示すための道具として呂布を利用しようとしたことが彼の過ちです。
やはり、その人にふさわしい地位や役柄があります。
【現代人にも通じる己を知らぬ者の過ち】
それは何も戦や政治の世界だけではなく、会社勤めでも芸能界でもあるでしょう。
主役が張れない役者であることを自覚して、その作品になくてはならない個性的な脇役に徹する俳優もいます。
しかし、自己認識を誤って、「どうしてあいつは主役に抜擢されるのに俺は主役になれないのか」と、嫉妬心や恨み心を抱いても、まわりの評価は逆に下がっていくばかりでしょう。
呂布も陳宮も自己認識を誤り、傲慢に振る舞い、我欲を伸ばして自滅した人生だったのです。
例えば、会社勤めが嫌だからと言って独立しても上手くいく人といかない人がいます。
会社を作っても、零細企業や中規模の会社で発展が止まる企業もありますし、一代で大企業を作り上げる人物もいます。
中小企業しか経営する能力がないにも関わらず、欲をかいて事業を拡大するとやがて破綻します。
やはり、己の才覚、器を知るということは人生の成功と幸福という観点からするととても大切なことなのです。
呂布と陳宮は己の器を見誤った反面教師と言えます。
人にはやはり、そのひとにふさわしい地位や役職があります。自分の能力を超えたポジションを得ても見栄は張れても実は周りに迷惑をかけているだけということが往々にして起きています。
人は往々にして自らの器を越えたものを求めがちです。
自分の咲く場所を見極める目を持つことはとても大切なのです。
【今回の教訓】
「高すぎるプライドと名誉心は、人や世の中を見る眼を曇らせる」
「成功と幸福は、身の丈にあってこそ」
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。